即時取得と善意取得
Aが所有する工作機械(甲)について、Bがこれを占有していた。
Bは、Cに対し、無権限で甲を売却した。 甲は、BからCへと現実に引き渡された。この場合において、Aは、Cに対し、 所有権に基づいて甲の返還を求めることができるか。
現行法は、ローマ法の原則である無権利の法理から出発している。したがって、Aは、Cに対し、 所有権に基づいて甲の返還を求めることができるのが原則である。しかし、この不文の原則には、例外が定められている。192条によ れば、CがBに権利があることを過失なく信じていたときは、Cは、「即時にその動産について行使する権利を取得する」。 この規定の趣旨については、2とおりの見方がある。
第1の見方は、 192条の規定がゲルマン法の原則から発展してきたという沿革を重視するものである。この見方によると、AがCに対し、 所有権に基づいて甲の返還を求めることができないのは、Cが甲の占有を取得したことで、AのBに対する信頼が破壊されたからであるとされる。 この意味において、192条の規定は、Cが取得した占有の効力に基づく制度、つまり即時の取得時効 (即時取得)を定めたものである。 162条2項と192条との文言を比較すれば、両規定の類似性は、明らかであろう。 また、 192条の規定は、「占有権の効力」の 節に置かれている。 さらに、 盗品または遺失物に関する特則 (193・194条)も、 ゲルマン法的思考のあらわれであるとみることができる。
第2の見方によれば、 192条の規定は、公信の原則を定めたものであるとされる。 公信の原則とは、公示を信頼して取引をした者は、公示どおりの物権(変動)がなかったとしても、 その物権 (変動)をあるものとして扱うことができるという原則である。 ローマ法の原則である無権利の法理を貫くならば、動産取引の安全が害される。そこで、公信の原則のあらわれとして、同条の規定が設けられることとなったと位置づけられる。 この見方によれば、 192条の規定は、Cが取得した占有の効力に基づくものであるというよりは、 むしろ、Bの占有に対するCの信頼を保護するものである。
この意味において、 192条の規定は、 「善意取得」 のルールとよばれるべきである。 現行法の規 定には、この見方に親和的なところがある 。 また、 公 信の原則のもとでも、この原則によって権利を奪われる者の事情が無視されるわけではない。 盗品または遺失物に関する特則 (193・194条) は、 そのことを示したものであると捉えられる。
「即時取得」
今日の確立した理解によれば、 192条の規定は、公信の原則を定めたものであるとされる(第2の見方)。 そうであるとすると、同条は、「善意取得」を規定したものであるというべきであろう。 そして、立法論としては、同条は、 「占有権の効力」 に関する規定ではなく、 動産物権変動に関する規定として、具体的には、 動産物権譲渡の対抗要件を定める178条の後に配置するのが望ましいものとされている。 しかし、2004年の民法改正では、192条の見付しを 「即時取得」と定めた。 見出しも法律の一部であるから、ここでは、 同条が公信の原則を規定したものであるとする理解を維持しつつこの言葉を用いることとする。
(参考)物権法[第3版] NBS (日評ベーシック・シリーズ) 日本評論社
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