本稿では、民法の各分野のうち、各種資格試験の頻出テーマについて取り上げる。
今回は、「債権各論」から「売買契約(手付)」である。
手付
売買契約の締結の際に当事者の一方から他方に対して一定額の金銭が支払われることが多い。
このように契約締結の際に、当事者の一方から他方に対して交付される金銭その他の有価物を手付という。
手付には、「証約手付」、「解約手付」、「違約手付」があるが、本稿では、「解約手付」を取り上げる。
解約手付
(手付)
第557条 買主が売主に手付を交付したときは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を現実に提供して、契約の解除をすることができる。ただし、その相手方が契約の履行に着手した後は、この限りでない。
2 第545条第4項の規定は、前項の場合には、適用しない。
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解約手付とは、解除権を留保する趣旨で交付される手付のことをいう。
民法557条1項が「手付」として想定しているのは、解約手付である。
当事者間において特別の意思表示がない限り、手付の交付は解約手付の趣旨でなされたものと推定される。(最判昭29.1.21民集 第8巻1号64頁)
解約手付による解除
要件
解約手付による解除をするためには、①買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を現実に提供する必要がある。ただし、②その相手方が契約の履行に着手した後は、解除できない。
①買主による手付の放棄、売主による手付の倍額の現実の提供
売主が解除する場合、買主に対し、手付の「倍額を現実に提供」する必要がある。
仮に、買主が手付の倍額の受領をあらかじめ拒んでいる場合であっても、売主は、買主に対し、単に口頭により手付の倍額を償還する旨を告げ、その受領を催促するのみでは足りず、手付の倍額を現実に提供しなければならない。(最判平6.3.22 民集第48巻3号859頁)
②「相手方が契約の履行に着手した後」でないこと
相手方の契約の履行に対する期待を保護するため、「相手方が契約の履行に着手した後」は、もはや解除できない。
「履行に着手した」とは、「債務の内容たる給付の実行に着手すること、すなわち、客観的に外部から認識し得るような形で履行行為の一部をなし、又は履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をした場合」をいう。(最判昭40.11.24 民集第19巻8号2019頁)
「履行に着手した」といえる場合
・履行期前に代金を提供した場合(最判昭41.1.21)
「履行に着手した」といえない場合
・買主が代金支払いのため銀行から借り入れる準備をした場合
②の要件は、「相手方」が契約の履行に着手した後は解除できないとされているため、解除する者が自ら契約の履行に着手した後でも、その相手方が契約の履行に着手していなければ、相手方の契約の履行に対する期待を裏切ることにならない以上、解除することが可能である。(最判昭40.11.24 民集第19巻8号2019頁)
効果
解約手付による解除により、契約が遡及的に消滅する。
解約手付による解除をした場合、「解除権の行使は、損害賠償の請求を妨げない。」とする545条4項の規定は適用されない。
なお、手付が交付されている場合であっても、債務不履行を理由とする解除がされたときは、その手付が損害賠償の予定としての手付でない限り、損害賠償を請求することができる。(545条4項)
また、合意により契約が解除された場合には、特約のない限り手付を交付した者は不当利得として手付の返還を請求することができる。(大判昭11.8.10)
(参考)C-Book 民法IV〈債権各論〉 改訂新版(東京リーガルマインド)、民法IV 契約 (LEGAL QUEST)(有斐閣)
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