先回のイントロダクションに続いて、民法のトピックスを取り上げていこう。今回は「無効と取り消し」を取り上げる。日常生活ではこの二つをそんなに意識せずに使っているかもしれない。しかし、民法ではこの二つは明確に区別されている。
「無効と取り消し」を例で確認してみよう。
AB間で売買契約をしたが、どうやら公序良俗に反する契約だったようだ。この場合は即無効である。全く法律効果を生じない。つまり、無効は初めから何も生じない状態である。
未成年者Aが成年者Bと売買契約すると、これは有効である。ただし、Aが取り消しという意思表示をすると、この売買契約の効力がなくなるのだ。つまり、有効だったものを意思表示をして無にする。
条文で確認してみよう。
(無効な行為の追認)
第百十九条 無効な行為は、追認によっても、その効力を生じない。以下略
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(取消しの効果)
第百二十一条 取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。
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さて、「取り消し」について少し詳しくみていこう。
「取り消し」は、「取り消す」という意思表示がなされて初めて無効となる。つまり、意思表示がなければ有効のままである。
(取消し及び追認の方法)
第百二十三条 取り消すことができる行為の相手方が確定している場合には、その取消し又は追認は、相手方に対する意思表示によってする。
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また、追認されると、この取消権を捨てることになる。そして、有効で確定することになる。
(取り消すことができる行為の追認)
第百二十二条 取り消すことができる行為は、第百二十条に規定する者が追認したときは、以後、取り消すことができない。
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追認は、追認できる人(追認権者=取消権者)によって行われ、「取り消しの原因となった状況が消滅した後」に追認がされ)、その人が、法律行為を取り消すことができるものであることを知っていることが要件である。なお、意思表示した人が制限行為能力者であるとき、法定代理人や保佐人・補助人が追認する場合や、当該制限行為能力者が法定代理人や保佐人・補助人の同意を得て追認する場合は、「取り消しの原因となった状況が消滅した後」にすることを要しない。
(追認の要件)
第百二十四条 取り消すことができる行為の追認は、取消しの原因となっていた状況が消滅し、かつ、取消権を有することを知った後にしなければ、その効力を生じない。
2 次に掲げる場合には、前項の追認は、取消しの原因となっていた状況が消滅した後にすることを要しない。
一 法定代理人又は制限行為能力者の保佐人若しくは補助人が追認をするとき。
二 制限行為能力者(成年被後見人を除く。)が法定代理人、保佐人又は補助人の同意を得て追認をするとき。
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また、一定の行為をすると、「追認」したとみなされ、取消権がなくなることがある。
(法定追認)
第百二十五条 追認をすることができる時以後に、取り消すことができる行為について次に掲げる事実があったときは、追認をしたものとみなす。ただし、異議をとどめたときは、この限りでない。
一 全部又は一部の履行
二 履行の請求
以下略
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なお、「取り消し」が確定すると、意思表示・法律行為ははじめに遡って無効であったとみなされる。これを取り消しの遡及効という。そもそも契約をしてなかったことになるので、実際に相手方にモノやお金を引き渡している場合には「取り消し」で無効になっている以上、お互いに返還しなければならない。これを「原状回復義務」という。条文で確認してみよう。
(原状回復の義務)
第百二十一条の二 無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。
2 前項の規定にかかわらず、無効な無償行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、給付を受けた当時その行為が無効であること(給付を受けた後に前条の規定により初めから無効であったものとみなされた行為にあっては、給付を受けた当時その行為が取り消すことができるものであること)を知らなかったときは、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。
3 第一項の規定にかかわらず、行為の時に意思能力を有しなかった者は、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。行為の時に制限行為能力者であった者についても、同様とする。
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ここで、補足説明。原則は「原状回復」なので、仮に受け取っていたモノを壊してしまって返還できない場合は価格賠償となる。これには例外がある。一つは、無償行為について、善意の給付受領者の返還義務は現存利益に制限される。もう一つは、意思無能力者・制限行為能力者の返還義務も現存利益に制限される。
なお、「取り消し」が認められる人は限定されている。「無効」は原則として誰からでも主張できることと対比される。そして、取消権者は、下記120条に規定された者だけである。
(取消権者)
第百二十条 行為能力の制限によって取り消すことができる行為は、制限行為能力者(他の制限行為能力者の法定代理人としてした行為にあっては、当該他の制限行為能力者を含む。)又はその代理人、承継人若しくは同意をすることができる者に限り、取り消すことができる。
2 錯誤、詐欺又は強迫によって取り消すことができる行為は、瑕疵ある意思表示をした者又はその代理人若しくは承継人に限り、取り消すことができる。
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また、「取り消し」できることは、契約関係がどっちになるのか分からない状態である。このように権利関係が不安定な状態がいつまでも続くのはよくないことだろう。そこで、取り消しできる期間が設定されている。条文で確認してみよう。
(取消権の期間の制限)
第百二十六条 取消権は、追認をすることができる時から五年間行使しないときは、時効によって消滅する。行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。
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次は「無効」である。
「無効」な行為は、時間の経過によって有効になったり、無効の主張ができなくなることはない。ないものはないのである。そこで、後日になって、無効な行為を有効にしたいという意思表示がされても、その時点で新しい行為がなされたとみなされる。
(無効な行為の追認)
第百十九条 無効な行為は、追認によっても、その効力を生じない。ただし、当事者がその行為の無効であることを知って追認をしたときは、新たな行為をしたものとみなす。
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ここで、補足説明。無効は、追認時点で法律効果を認める。つまり遡及効はない。そして、無効な行為を追認した場合、必ずしも有効になるとは限らない。また、無効を主張できる期間に制限はないと言っても、法律行為の無効を原因とする原状回復義務は、166条によって制限がかかることに留意してほしい。
(債権等の消滅時効)
第百六十六条 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。
二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。
以下略
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(参考文献)民法総則「第2版」 原田 昌和 他著 (日本評論社)、司法書士 合格ゾーンテキスト 1 民法I 「第3版」根本正次著 (東京リーガルマインド)
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